大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和36年(ツ)95号 判決 1963年11月11日

熊本第一信用金庫

理由

上告指定代理人らの上告理由について。

一  原判決は「訴外瀬上勇助は、昭和三四年七月二九日現在において原判決末尾の別紙記載のように合計金五一、一〇一円の国税を滞納していたが、一方同訴外人は被控訴人信用金庫(被告・被上告人)との間に、昭和三三年八月一五日、日掛定期積金契約(通帳番号第二八四七号、契約内容は、満期払渡し契約金額金七四、〇〇〇円、毎日日掛金額金二〇〇円、満期昭和三四年八月一五日、支払い日満期日に同じ)を締結しており、前示昭和三四年七月二九日において同訴外人が右契約によつて被上告人から支払い日の同年八月一五日に支払いを受け得る積金の既払込み分合計金六八、六〇〇円の積金払戻し債権を、前示滞納税金を徴収するために当時の国税徴収法第一〇条第二三条の一の規定に基づいて、昭和三四年七月二九日差押え即日これを被上告人に通知したところ、他面被上告人は右積金払戻し債権を担保として同年六月一六日前記瀬上勇助に対して、手形取引約定に基づいて金二四九、〇〇〇円を、弁済期同年八月一四日の約で貸付けていたので(この両債権は貸付けの当初から相互に密接な関連を保ち、経済的には手形貸付けと積金契約とは目的手段の関係をもち、本件積金契約がなければ、貸付けも(他に適当な担保の差入れがなければ)なされなかつたであろうことが認められると説示する)、被上告人は同年八月一五日この貸付金債権を自働債権とし、差押えられた前示積金払戻し債権金六八、六〇〇円を受働債権として対当額について相殺する旨の意思表示を、差押えをなした上告人の機関である熊本税務署長に対してなしたことを適法に認定した上、大要論旨第二点に摘示するとおり説示し、いわゆる相殺予約による相殺をまつまでもなく、被上告人のなした法定の相殺によつて積金払戻し債権はすべて消滅したので、同債権の存在を前提する上告人の請求は失当であると判断してこれを棄却したものであることは判文上明らかである。

二  したがつて、本件解決の法律上の要点は、収税官吏(徴収職員・上告人国)が滞納処分の執行として、旧国税徴収法第二三条の一の規定に基づいて、債務者(滞納者・同条の債権者・訴外瀬上勇助)が第三債務者(同条の債務者・被上告人熊本第一信用金庫)に対して有する債権(積金払戻し債権)を差押えて、その旨第三債務者に通知した場合、第三債務者は差押前から債務者に対して有する金銭債権であつて、差押当時はいまだ弁済期未到来ではあるが、被差押え金銭債権の弁済期よりも早い日を弁済期とする債権を自働債権とし、差押えの効力発生後に、被差押え債権(この債権もまた差押えの発効当時弁済期の未到来であることは、当然である)を受働債権として、相殺をなしうるか否かということである。

三  論旨は要するに、右のごとき場合は、第三債務者は相殺をもつて差押え債権者である国に対抗し得ないというに帰するのであるが、収税官吏が旧国税徴収法第二三条の一の規定に基づいて、債務者の第三債務者に対して有する金銭債権を差押え、これを第三債務者に通知した場合は、(一)債務者は所論のとおり被差押債権の取立てその他一切の処分を禁止されるとともに、その反射的効果として、第三債務者は債務者に対する債務の履行を禁ぜられる。そして、(二)国は滞納処分費及び税金額を限度として債務者(第三債務者の債権者)に代位する(前示第二三条の一第二項)。この代位とは、債権の差押えによつて国が被差押え債権の取立権を取得し、債務者(同条の債権者)の第三債務者(同条の債務者)に対する権利を右債務者(同条の債権者)の立場において行使しうる法律関係をいう。(現行国税徴収法第六七条。最高裁昭和三七年八月一〇日判決一六巻八号一七二六頁、同昭和二七年五月六日判決六巻五号五二〇頁。)代位した国が代位権に基づいて債務者の第三債務者に対する権利を行使しうるにいたる以上、債務者はその第三債務者に対して有する権利を処分し、一部といえどもこれを消滅させるなど、国の取立権を無効ならしめる行為をなし得ないことは当然であり、この意味において、右の代位は民法第四二三条の規定により債務者に代位した債権者が代位権の行使に着手した場合、これを了知した債務者が代位の目的となつた権利の処分を禁止されるのに類似する(非訟事件手続法第七六条第二項、大審院昭和一四年五月一六日判決一八巻五六二頁以下参照)。けだし、すでに債権者が代位権の行使に着手したのにかかわらず、債務者が代位の目的たる権利を、代位権行使の目的に反して処分し、もしくは代位権の行使を無効無益ならしめるような行為を許容することは、代位の制度を認めた法意に反するからである。

前記(一)の処分禁止、履行禁止というのも、(二)の取立権の行使を完全に実効あらしめるため、確保保障する前提の手続規定の効力と解すべきである。これを民事訴訟法の差押えについて見るに、差押えはその対象の換価・取立てという爾後になさるべき執行手続の前提要件であつて、差押えなくしては、執行を続行し得ないとともに、執行債務者は、執行終局の目的たる執行債権の満足を目ざす、差押えの対象に対する換価・取立てを無にする差押えの対象の処分、ことにその取立てをなすことを禁止され、これに反してなされた処分、取立ては執行債権者に対する関係においては無効であり、かつまた債権差押えのように第三債務者がある場合には、第三債務者は執行債務者に対して支払い(履行)をなすことを禁止され、これに反する支払いは無効と解されるのである(民訴第五九八条、民法第四八一条、現行国税徴収法第六二条参照)。旧国税徴収法第二三条の一の差押えの効力も、右と別異に解すべき合理的根拠はなく、第三債務者は差押えを受けた債務者に対して弁済ないし弁済と同視すべき代物弁済をなすことができず、たとえ、これをなしても差押え債権者に対抗し得ないのである(民法第四八一条)。民法第五一一条が第三債務者は差押え後に取得した債権による相殺をもつて、差押え債権者に対抗することができないと規定するのは、もしこれをもつて対抗し得るとすれば、相殺権を有しなかつた第三債務者がたまたま差押え後に取得した債権をもつて相殺し、もつて被差押え債権を消滅せしめうることとなり、新取得債権をもつて代物弁済するのと同一の結果となつて、前示第二三条の一、民訴第五九八条、民法第四八一条の法意に反し、非訟事件手続法第六七条第二項とも権衡を失するからである。従つて、民法第五一一条は差押え後に他から譲受け取得した債権に限らず、受働債権との関係において、元来相殺の反対債権たり得なかつた債権が、差押えの効力発生後(差押えがなければ)反対債権たり得るにいたつた場合にも類推適用されなければならない。ところで、民法第五一一条は沿革的には、相殺の意思表示を必要としない、いわゆる法定相殺を原則とする仏民法の第一二九八条を継受した旧民法財産編第五二八条第一項を、そのまま受けたものであることは、同条項と第五一一条とを対照することによつて明らかであるところから、その他の事由と相まつて論旨第一の一の(2)及び二の(1)のように解する判例学説があるけれども、民法第五一一条は、仏民法第一二九八条第一文の「相殺は第三者(差押え債権者をいう)の既得権を害することを得ず」との規定を欠くばかりでなく、右の差押え債権者の既得権とは、前記第二三条の一についていえば差押え及び取立権の発生による効力を意味し、それ以外に既得権の害されるものあるを知らないので、所論第一の一の(2)のような意味において差押え時において被差押え債権を凍結するものではなく、一の(2)のように、必ずしも差押え前に反対債権の履行期が到来していることが相殺の絶対的要件であるとしなければならないものではない。また、他面第三債務者の立場から考慮すれば、第三債務者はなんら自己に過責のかかわりもない第三者たる差押え債権者のなした差押えという行為が介入したからといつて、被差押え債権につき差押え前から差押え債務者に対し主張し得べき抗弁権ことに相殺をなし得べき権利までが、当然に法の明文なくして制限されるものと解するのは正当でない。これを直接制限する明文の規定は前示のとおり、民法第五一一条のみである。これに反する所論は採用しがたい。

四  相殺の反対債権が受働債権を被担保債権として質権により担保される場合において、質権が国税の優先徴収権に劣後する場合(旧国税徴収法第三条、現行の同法第一五条)における質権と相殺との権衡よりして、相殺をなし得ないとする論旨第二の一は、昭和三三年一二月八日公表にかかる租税制度調査会の答申(昭和三四年二月九日同調査会委員の同意を得て一部修正)によつても採用に値しないことが明らかであろう。すなわち、同答申は、第一において私債権と租税との調整を考慮し、特に第一の四、相殺と租税において「租税の滞納処分により債権が差し押えられた場合において、その債権の第三債務者が相殺をもつて徴税機関に対抗できるかどうかについては、かつては、租税の優先徴収権との関係において対抗できないとされていたが、最近においては、少なくとも双方の債権が相殺適状となつている限り、対抗できるものとされている。相殺が実質的に担保的機能を営むことから、受働債権に質権が設定された場合と権衡をとり、租税の優先徴収権が相殺により害されることのないようにすべきであるとの考え方もあるが、相殺による担保的効果を他の担保と同一視することには疑問があるから、租税との関係においては法律上特別の規定を設けることは適当でないと考える。」旨答申し、現行国税徴収法は、この答申をそのまま法文化したものであつて、担保の目的でされている仮登記のある財産の差押えは、仮登記に優先することを明定し(同法第二三条)、また質権抵当権によつて担保される債権は、旧法よりむしろ国税に優先する範囲を広めておるのに(国税徴収法第一五条第一六条)かかわらず、右答申のとおり、差押えと相殺との関係については、すべて学説判例の解釈展開にまかせて、これについてなんらの規定も設けなかつたという立法の経過に照らし、前示所論は採用し得ない。

五  旧国税徴収法第二三条の一の規定に基づいて収税官吏が債務者の第三債務者に対して有する金銭債権を差押えた場合は、差押えによつて債務者は債権の取立てその他の処分を、第三債務者は弁済・代物弁済及び差押後取得した債権並びにこれと同一視すべき債権による相殺を禁止制限されるとともに、仮差押えにおけると異なり、差押えの基本たる租税債権はすでに弁済期が到来しているので、国は債務者(第三債務者の債権者)に代わつて同人の立場に立つて第三債務者に対して取立権を行使しうるにいたることは、以上説明したとおりである。第三債務者は差押え前より債務者に対して有する反対債権をもつて相殺することを当然禁止されるものではない。相殺の許否は、差押え・取立権の効力及びその内容と相殺適状との関係において理解されねばならない。すなわちこれを詳説すれば、つぎのとおりである。

(一)  自働債権、受働債権の当初の弁済期のいかんを問わず、差押えの効力発生前に、すでに両債権の弁済期が到来し相殺適状にある場合は、国に対する第三債務者の相殺を許すべく、(最高裁昭和二七年五月六日六巻五号五一八頁)。

(二)  差押えの効力発生前反対債権は弁済期が到来しているが、受働債権の弁済期は未到来の場合は、第三債務者は、受働債権の弁済期到来と同時に、もし受働債権につき第三債務者が即時弁済をなしうる権利を有するときは、特に期限の利益を放棄する意思表示をなすまでもなく、即時に、国に対し相殺をなしうべきである(最高裁昭和三二年七月一九日一一巻七号一二九七頁。大審院昭和八年五月三〇日一二巻一三八一頁参照)。

(三)  差押えの効力が生じた当時、1 受働債権の弁済期は到来せるも、反対債権のそれは未到来である場合及び2 両債権ともに弁済期が到来していないが、受働債権の弁済期が反対債権のそれより早く到来する場合は、反対債権者は受働債権を(2にあつてはその弁済期到来とともに)直ちに弁済すべき立場にあるのであるから、もともといまだ弁済期にない反対債権をもつてする相殺権を有しないのである。反対債権者が受働債権の弁済を怠り債務不履行の状態が継続しているうちに、差押えの効力発生して、その後反対債権の弁済期が到来したため、幸運にも結局両債権につき、一見相殺適状が生じたかのような外観を呈するにいたつたとしても、右は自己の債務を履行しない第三債務者の継続的債務不履行という過責に由来するものであるから、かかる場合は、前説明のとおり、民法第五一一条を類推し相殺を認むべきではない。

(四)  差押えの効力が生じた当時、反対債権及び受働債権ともに弁済期に達せず、差押え後に反対債権の弁済期が受働債権の弁済期よりも早期に到来する場合において、しかも本件におけるごとく、後者は前者の担保となり、後者がなければ前者の債権も発生しなかつたであろうという緊密な相互依存関係が存し、その上後者について何時でも弁済をなし得る(期限の利益を放棄し得る)権利を有するときは、反対債権者たる第三債務者は、差押え前すでに反対債権の履行期到来とともに相殺をなしうべき権利、すなわち期限付相殺権(停止条件付権利よりも確実な権利である)を有し、この権利が受働債権の差押えによつて消滅するとか、ないしはその行使が差押えによつて禁止制限されるというなんらの規定もなく、受働債権は期限付相殺権という抗弁権の対抗を受くる債権で、極言すれば、この抗弁権の附着している債権が差押えられたともいえるので、第三債務者は差押えにかかわらず、差押えをなした取立権者に対し、反対債権の履行期到来と同時に(もし受働債権の期限を放棄し得ない格別の事情があれば、その期限の到来と同時に)相殺をなしうるものと解しなければならない。(結論同旨各東京高裁、昭和三五年五月三〇日下級民集一一巻五号一二一九頁。昭和三七年九月二〇日高裁民集一五巻七号四九一頁、同上日同一五巻七号五一二頁。昭和三六年(ネ)第一五一六号同三八年五月二二日各判決)

六  以上の説示に反する論旨は採用しない。なお論旨第二の二の(2)において相殺予約に関し言及するところがあるけれども、原判決はいわゆる相殺予約に基づく相殺の意思表示によつて、本件受働債権たる積金払戻し債権が消滅したことを判示しているのではないから、この点の論旨は上告適法の理由とはならない。

七  原判決の説明は以上と稍趣きを異にする点がないでもないが、上告人の請求を排斥した終局の判断は相当で、上告は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例